なくなりはじめてわかる「長い友と書く髪」の意味について【みんなの体験談】

自分の髪が父親と同じようになるなんて思ってもいませんでした

父親の姿をきちんと認識し始めたのは多分思春期の頃からだと思います。

確かその頃には父の頭に髪がほとんどなかったように記憶しています。

自分は天然パーマ状態で学校では「モズ」と呼ばれていました。

あまり外見を気にしていない幼いガキだったので頭は寝起きそのままのアフロ状態だったと思います。

姉が「遺伝」を口癖におっさんになったっら禿げるぞとからかってきていましたがガン無視していました。

実際、父親に髪がなくなり始めた年齢に自分がなっても一向に「モズ」状態は変わらなかったので全く気にもしていませんでした。

ちなみに社会人になってからは「モズ」はまずいのでそれなりに整えてはいました。

ところが、40歳を過ぎたあたりから自分の髪の毛に変化がみられるようになりました

鏡の前に立つと白熱灯の光が自分の前頭部地肌をはっきり照らし始めるようになりました。

これは光の加減で地肌まで見えるようになったのだと自分に言い聞かせていましたが、45歳の過ぎる頃には明確に「地肌」が見えてしまうようになりました。

「モズ」からは想像できない現実が45歳を過ぎてリアルに起きてしまっているのです。

テレビではアート何とかとか、リアップ何とかとかCMが色々流されていて、全く気にもしていなかったのに俄然気になり始め…。

まず最初に手にしたのはシャンプーやらリンス関係でした

500円程度のものでいいのに、頭皮に効く何と言う謳い文句に誘われ何千円もする整髪料を購入してみたり…。

ネットで髪の洗い方やら抜け毛防止のサイトをチェックしてみたり…。

どれも効果があるような、ないようなでよくわからず鏡を見る度にため息をつく毎日がしばらく続きました。

しばらくすると頭にブツが出始め、とっても痒いので血が出るまで掻きむしってしまいました。

正直、髪のこともあって病院に行く勇気もなく、放っておいたもののブツはなくならず、前頭部の地肌も相変わらず存在感あり状態で…気持ちが下がる一方でした。

痒みに耐えることができずに思い切って病院に行ってみました

皮膚科だったのですが、ドクターはすぐに液体窒素を取り出して綿につけて幹部に塗り始めました。

とっても痛くて泣きそうだったのですが大人が叫ぶ訳もいかず何とか我慢をしました。

ただ、髪のことが気になっていたので、ついドクターに聞いてしまいました。

「先生、今日の処置で髪がもっとなくなってしまうのですか?」

ドクターは笑いながらそんなことはないし、大丈夫だと説明してくれました。

自分の場合は皮膚に刺激が加わると炎症しやすい体質のようで、髪を洗い過ぎるとブツができてしまうのだそうです。

そんなによく洗っているつもりはないのですが、ドクター曰く、1週間に1回でいいのだそうで…。

さすがに週に1回は、社会人的には厳しいかなと思いました。

ただ救われたのは、前頭部の地肌が目立つようになってきているのは髪が細くなってきているからだと教えてもらったことでした。

加齢によって誰もがそうなるそうで自然なのだそうです。

いずれ父親のようにはっきりそうなってしまう時が来るのかもしれませんが、あまり気にしないで、その日その日を充実させて行くことの方が大切だと今は考えられるようになりました。

年齢相応の自然な生き方を大切にしていきたいと思います。

※この記事は、皆様から寄せられた髪の毛の悩みに関する体験談です。

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